知床半島最高峰・羅臼岳(1660㍍)の斜里町・岩尾別コースの登山口(岩尾別温泉)に近い登山道で8月14日、下山中の登山客男性(26)が2頭の子連れの母グマに襲われて死亡した事故に関して、知床財団は8月21日と9月1日の2回に分けて、事故の事実関係についての調査速報を発表した。主なポイントは以下の通り。
- 被害男性は標高560㍍岩峰付近の登山道上で親グマと遭遇し攻撃を受けたとみられる。
- 現場付近はヒグマの夏場の餌となるアリが恒常的に発生する場所であり、アリ捕食目的のヒグマ出没が多発する場所だった。
- 被害男性がヒグマに襲われた時、連れの男性は「かなり早いペースで下山していたと推定される」としたが、いわゆる「トレイルランニング」か否かは不明。
- 連れの男性は後方約200㍍に居て、ほぼ単独でヒグマと遭遇した状況と考えられ、ヒグマ遭遇時の目撃者は誰もいない。
- 連れの男性が現場付近に到達した時点では、助けを呼ぶ声でヒグマに襲われている被害男性を登山道わきの林内で発見し、応戦と救助を試みたが、ヒグマが被害者から離れなかったため、携帯電話の通じる登山道上に移動して警察に通報を行ったという。
- 被害男性はクマ鈴は携行していたが、クマスプレーの携行や使用に関する証拠は確認できておらず不明。連れの男性は「クマよけスプレー」と謳った商品は持っていたが、ヒグマに対応した製品ではなかった。事故発生時、被害男性に追いついた初期対応では使用を試みたが、噴射はできていなかったという。
- 被害男性のヒグマ遭遇地点から西南方向の沢斜面で翌8月15日、捜索救助隊が被害男性を咥えて引きずりながら斜面を移動している親グマとその周囲に2頭の子グマがいるのを発見し、ハンターが3頭とも現場で捕殺した。男性が襲われた場所、移動経路に残された遺留物から採取したヒグマの体毛や唾液と、捕殺した親グマのDNAが一致し、他のクマの関与は認められない。
- 捕殺した親グマは、11歳のメスで体重117㌔で、体長140㌢、子グマはメス(体重17㌔体長72㌢)1頭とオス(体重17㌔、体長71㌢)1頭。
- この母グマは、出生年である2014年から毎年のように知床の道路沿線など人目に付く場所で目撃されていた個体で、今夏も8月10日に羅臼岳登山道付近で親子セットで目撃され、「人を避けない、人に出会ってもすぐに逃走しない」個体として、追い払い対応(忌避学習付け)を繰り返し行ってきた経緯があったという。
現時点のまとめ
★2回の速報から読み取れるのは、かなりの速足で下山中の被害男性はほぼ単独に近い状態で登山道上で人慣れした親子グマと偶発的に遭遇して攻撃を受け、死に至ったということであろう。「子グマを連れた人慣れした母グマ」「速足で登山道を下山中に偶発的に遭遇した単独状態の登山者」の2点が浮き彫りになっている。
★知床財団によると、知床半島(斜里町・羅臼町・標津町の3町)の推定ヒグマ生息数は、2019年の中央値が472頭(推定幅:393~550頭)、2020年の中央値が399頭(推定幅:342~457頭)として、半島全体で400~500頭と推測している。道内他山域に比べてヒグマ目撃の機会は多いが、ヒグマによる人身事故(死亡事例)は今回が初めて。8月14日以来、羅臼岳の登山ルート(斜里町・岩尾別登山口、羅臼町・羅臼温泉登山口)は入山規制が続いている。