軽量化、効率化極めて、改良スノーシューも威力を発揮
同志社大山岳部OB、斉藤信太郎さん(35)=広島市出身、室蘭市在住=が、芽室岳~楽古岳の日高山脈主稜線縦走を果たして3月21日、日高管内浦河町に下山した。3月10日に十勝管内清水町羽帯から入山し、芽室岳(1754㍍)を主稜線の北の起点として南下し、南の終点として楽古岳までの山脈主稜線主要部分を歩き切った。ノンサポート、ノンデポ(事前の食料残置など)、単独での縦走になる。幕営には軽量テント(580g)を使った。

芽室岳~楽古岳の主稜区間を11泊12日での踏破したことになる。登山道や山小屋がない日高山脈の主稜線では、積雪で稜線がつながり、天候が安定しやすい3~4月中心に単独行者の前例はそれなりにあるが、3月中ではこの日数の踏破は記録的かもしれない。天候がまだ厳しい3月中旬にもかかわらず、軽量化を徹底させ、1日の行動距離を可能な限り延ばしたことが記録的な速さの単独縦走に繋がった。


斉藤さんは「天候に恵まれたこともあるが、積雪期の長期縦走として取り組んできた南アルプス全山縦走、北アルプス縦走などの経験や失敗から、装備や食料などで軽量化を工夫し、前半はペースを遅めに、後半にかけてスピードが上がった」と話している。


軽量化の徹底の一つとして、またスピードアップ対策として、アイゼンを装着したままスノーシューが履けるように、市販されているスノーシューのビンディング部分などを取り払い、フレーム部分に針金や布製のアイゼンバンドを使ってアイゼンを履いたまま装着できるようにし、ハイマツ帯や雪庇帯の通過で、スノーシューの浮力を生かしつつ、堅雪にも対応できるようにしたことが効果を発揮したように見受けられる。

斉藤さんは「視界不良となったシュンベツ岳(1855㍍)の岩稜帯の通過、視界がほぼゼロとなったピリカヌプリ(1631㍍)の急な下降で雪斜面の見極めに苦労した」「日高山脈の主稜線は南アルプスに比べても急峻で手ごわさを感じた」などと振り返る。
■斉藤さんの11泊12日の行程は以下の通り■
DAY1(3月10日) 清水町羽帯➡山小屋芽室岳跡➡芽室岳北尾根cont.860で幕営。
DAY2(3月11日) 北尾根cont.860➡芽室岳➡ルベシベ山手前cont.1604で幕営。
DAY3(3月12日) ルベシベ山手前cont.1604➡ピパイロ岳分岐で幕営。
DAY4(3月13日) ピパイロ岳分岐➡北戸蔦別岳➡戸蔦別岳➡cont.1764で幕営。
DAY5(3月14日) cont.1764➡神威岳➡cont.1604で幕営。
DAY6(3月15日) cont.1604➡エサオマントッタベツ岳➡札内JP➡シュンベツ岳➡カムイエクウチカウシ山手前cont.1730で幕営。
DAY7(3月16日) カムイエクウチカウシ山手前cont.1730➡1823峰➡1643峰➡コイカクシュサツナイ岳手前cont.1444で幕営。
DAY8(3月17日) コイカクシュサツナイ岳手前cont.1444➡コイカクシュサツナイ岳➡ヤオロマップ岳➡ルベツネ山➡ルベツネ山南cont.1535で幕営。
DAY9(3月18日) ルベツネ山南cont.1535 ➡ペテガリ岳➡中ノ岳➡ニシュオマナイ岳➡神威岳➡cont.1397で幕営。
DAY10(3月19日) cont.1397➡ソエマツ岳➡ピリカヌプリ➡トヨニ岳手前➡幌別岳(cont.1512)
で幕営。
DAY11(3月20日) 幌別岳➡トヨニ岳➡野塚岳➡オムシャヌプリ➡十勝岳➡楽古山荘で宿泊。
DAY12(3月21日) 楽古山荘➡国道236号(天馬街道)で他の登山者の車に乗せてもらって移動➡浦河町市街地へ。
入山日:3月10日清水町羽帯(行動開始:10:30ごろ)
下山日:3月21日浦河町上杵臼(行動終了:正午ごろ)
■主稜線上で踏んだ主なピーク■
芽室岳(1754㍍)、戸蔦別岳(1959㍍)、エサオマントッタベツ岳(1902㍍)、シュンベツ岳(1855㍍)、カムイエクウチカウシ山(1979㍍)、ピラミッド峰(1853㍍)、1823峰(1826㍍)、コイカクシュサツナイ岳(1721㍍)、ペテガリ岳(1736㍍)、中ノ岳(1519㍍)、ニシュオマナイ岳(1493㍍)、神威岳(1600㍍)、ソエマツ岳(1625㍍)、ピリカヌプリ(1631㍍)、幌別岳(1512㍍)、トヨニ岳(1493㍍)、野塚岳(1353㍍)、オムシャヌプリ(1379㍍)、楽古岳(1471㍍)
